2008年、管理人はベリリウム銅に続き強力な金属材料を入手した。名付けて「超合金エックス」、人を喰ったような名前だが、この「超合金」という呼称から連想するのはやはり、
空にそびえる 鉄 の城〜♪
そう、マジンガーZに代表される、いわゆる「スーパーロボット」の亜鉛ダイカスト製のオモチャだろう。一応、物語におけるマジンガーZの装甲は「超合金Z」なる金属で作られている、とのことで、グレートマジンガーに至っては「超合金ニューZ」と、更に強化された金属材料が用いられているようだ。何と言っても、
おれはグレート、グレートマジンガ〜♪
だから。ただ、アニメだからあくまで架空のお話しであって現実ではない。だが、今回の「超合金エックス」は現実世界でのお話しだ。前回、最強の銅合金・ベリリウム銅でハワイアンフックを作成、強度試験でそれなりの結果は残せたもののいまいち納得していない管理人、データ取りも兼ねて、今度はソルト用のクロスロックスナップを作成してみる。
まず、例によって「超合金エックス」のデータを紹介する。これをやらないとお話しにならないから。
超合金エックス |
ステンレス鋼 SUS304 |
ステンレス鋼
SUS631 |
マルエージング鋼
MAS1C |
ばね用りん青銅 |
ばね用洋白
C7701-H |
ばね用ベリリウム銅 |
超々ジュラルミン A7075-T6 |
チタン合金 TAP6400 |
チタン合金 KS15-3-3-3 |
|
引張強さ
|
1170以上 |
520以上 |
1230以上
|
1950以上
|
590〜705
|
630〜735
|
1180以上
|
540以上 |
895以上 |
1001以上 |
耐力 |
795以上 |
205以上 |
1030以上 |
1362以上 |
(390以上) |
(480以上) |
(835以上) |
470以上
|
825以上 |
962以上 |
伸び |
18以上 |
40以上 |
- |
5以上 |
20以上 |
4以上 |
2以上
|
7以上 |
10以上 |
7以上 |
比重 |
8.25 |
7.79 |
7.79 |
8.02 |
8.89 |
8.79 |
8.30 |
2.80 |
4.45 |
4.76 |
耐食性 |
○ |
○ |
○ |
× |
△ |
△ |
△+ |
× |
◎ |
◎ |
熱処理 |
必要 |
- |
必要 |
必要 |
- |
- |
必要 |
処理済み |
しなくてもいい |
必要 |
縦弾性係数 |
214 |
186 |
196 |
182 |
98 |
108 |
131 |
73 |
113 |
98 |
何種類か並べてみたが「超合金エックス」は引張強さで1000N/mm2を越える強力な材質だ。焼入れ・焼戻しが可能な鋼であれば1000N/mm2を越える材質はそんなに珍しくないし、今回新たに追加したマルエージング鋼なら他とは比較にならないほど強力だから、こっちの方が「超合金」と違うのか?なんて指摘があるかも知れない。だが、マルエージング鋼は「超合金」ではなく「超強力鋼」と呼ばれており、また、鋼材だから錆びてしまうのでそのままだと水回りに使えないのは当たり前。そして非鉄金属で引張強さ1000N/mm2を越え、かつ、容易?に入手できる材質は本当に限られてくる。さらには「超合金エックス」が「超合金」なのは実際に「超合金」と呼ばれているからであって、インターネットでよくある面白半分の表現、ではないことも付け加えておく。
さて、「超合金エックス」の機械的特性を比較するとベリリウム銅とだいたい似通っているのがわかると思う。だが、「超合金エックス」は伸びと縦弾性係数がベリリウム銅に対してはるかに大きく、伸びに関してはベリリウム銅は前回だと弾性限度を超えた時点でそのまま破壊してしまったから、
ベリ銅に匹敵する高張力に加えて伸びが確保できる材質、それが「超合金エックス」!
こんな感じで期待している。一方の縦弾性係数、この数値が高いと曲げにくくなるから、スナップに使う場合は「硬いスナップ」になる。でも、市販品はステンレスだけど数値的にはちょっと大きいレベルだからそんなに気になる程度ではないと思う。熱処理については残念ながら必要なので一般家庭での採用は不可能。処理温度もベリリウム銅のように低くないし、長時間の熱処理が必要だ。海水に対する耐食性はSUS304と同レベル、としておいたが、もう少し高い評価をしてもいいような気がする。比重に関してはアルミやチタン、マグネシウム以外だと実用金属の場合は鉄とか銅、その他諸々あるけど結構近い数値ではないだろうか。「超合金エックス」もその範疇に入る材質だ。
それでは実作業の紹介だ。まずは用意するものから・・・
見た目はただの針金に見えてしまうが・・・
先端形状に注目、これだとカエルのアイ作成も簡単だ
次に各工程を見ていこう。と言っても基本的には線材を曲げるだけだからそんなに難しくない。だから、詳しく紹介できなかったりする。いや、ただ単に面倒だからか?
まず、市販品クロスロックをのばしてやる。これをサンプルにするのだが、完成品状態だと、あてがって曲げるのが困難だから。
これも線径1.0mmなのだ
あとはサンプルのカタチ通りに「超合金エックス」線を曲げてやればいい。ある程度の数をこなさないと要領を得ないからバラツキが目立つ・・・
これは第1ロットだけど、初めてだから形状が安定しない・・・
曲げが済んだら電気炉にて熱処理を施す。ただ、「超合金エックス」の熱処理は何通りかあるらしい。先に紹介したスペックはJIS規格から引っ張ってきたが、今度は材料メーカーの公表している資料からピックアップしてみる。
熱処理条件 |
熱間加工+時効処理704℃/20時間・空冷 |
熱間加工+焼鈍982℃/1時間・空冷+時効処理732℃/8時間〜621℃まで1時間あたり55℃で炉冷その温度で合計18時間処理後、空冷 |
熱間加工+均一化処理885℃/24時間・空冷+時効処理704℃/20時間・空冷 |
冷間圧延+焼鈍982℃/1時間・空冷+時効処理704℃/20時間・空冷 |
引張強さ |
1167〜1422 |
1108〜1334 |
1098〜1294 |
1098〜1363 |
耐力 |
824〜1128 |
794〜981 |
686〜932 |
726〜1040 |
伸び |
15〜25 |
15〜30 |
15〜30 |
20〜30 |
ブリネルかたさ |
313〜400 |
300〜390 |
302〜363 |
300〜400 |
ベリリウム銅の様に「315℃で2〜3時間」などと単純な熱処理ではなく、色々と複雑な処理をしなければならないようだ。なぜ?それはこの「超合金エックス」が通常環境で使用する材質ではないから、としておく。「超合金」と呼ばれる理由の一つでもある。使用環境に応じて色々な熱処理条件があるのだと思うが、そこまで詳しいデータはネットを探しても出てこなかった。チタン合金みたいに一般的?な材質ではない、これに尽きるだろう。
4通りの熱処理があるのだが、管理人が使っている電気炉は最高温度が900℃までなので、982℃で焼き鈍すことができず、必然的に焼き鈍しをしない条件を選ぶことになる。あと、熱間加工ではなく、常温で曲げる冷間加工だからいずれの条件も当てはまらないのも確かだ。それじゃぁ、どうする?
一番手っ取り早い704℃/20時間・空冷を採用!
そう、管理人は適当な人だ。だが、だんだんこの辺りから「超合金エックス」の雲行きが怪しくなってきている・・・
20時間って結構長いぞ
そして、冷却は空冷だから20時間の加熱が終わったら電気炉から引っ張り出して空気中で冷やせばいい。ほぼ1日、20時間後だから管理人の帰宅時間に合わせて熱処理開始時間を調整したつもりなのだが、
残業で帰宅時間が遅くなってしまい、部屋に帰ったら電気炉温度は室温でした・・・
そう、空冷ではなく、電気炉中で冷却する炉冷になってしまった。空冷と炉冷では冷却時間が異なっており、速く冷えるのはもちろん空冷の方だ。炉冷の場合は電気炉の余熱があるからゆっくり冷えることになる。この冷却時間の違いがどのような影響があるのか、当たってみた資料では確認できなかったが、材料メーカー指定の処理があるのだから、それに従うのは当たり前のお話しだろう。
そのような妖しさが漂う「超合金エックス」製クロスロック完成品、試しに手で曲げてみた。正しく熱処理が施されているのであれば、ばねみたいに弾力があるのだが、
うーん、あまり弾力がありません・・・
市販品クロスロック、すなわちステンレス線のレベルの弾力しかない。弾力がないのは0.2%耐力が低い証拠、すぐに永久変形してしまうからで、少なくともスペック通りの耐力ではないと感じられる。これでは強度的に期待できないだろう。従って第2ロットとして新しく作り直し、熱処理条件を替えてみることにする。その熱処理条件だが、
時効処理732℃/8時間〜621℃まで1時間あたり55℃で炉冷その温度で合計18時間処理後、空冷
複雑だから躊躇していたのだが仕方がない。この熱処理、732℃/8時間は問題ないのだが、次の621℃までの冷却時間が指定されている。1時間あたりで55℃下げるのだから、621℃までの到達時間を計算すると2時間だ。そして、それぞれの温度と時間の条件を電気炉にプログラム入力をして再度熱処理してみたのだが、
今度も残業で、部屋に帰ったら電気炉温度は室温でした・・・
管理人の仕事は定時で終わるワケではない。いや、それがフツー?なので、なかなか時間が読めないのであった。そして試しに手で曲げてみたが、
これもあまり弾力がありません・・・
「実験には失敗は付き物!」などと思っていても、想定通りに進まないと腹が立ってくる。炉冷ではダメなのか、それとも材料が熱処理してもいい状態ではないのか、ちょっと考えてしまう管理人、そして導き出された結論は・・・
熱間加工に準じた温度を加えてやれ!
一応、JIS規格によると
このいずれかの温度条件が先ほどまで行った熱処理の前に必要になる。これを固溶化または溶体化と呼んでおり、材料メーカーから供給される材料にはこの処理が施されていることになっているはずなのだが、物は試し、と言うこともあり、第2ロットから数個を選定、第3ロットとして熱間加工に準じた温度で加熱させてみる。でも、おまえの電気炉って900℃までやんけ?いや、その対策を以下に示す。
いい加減過ぎる・・・
結局、他の手段が見あたらなかったから「ガスバーナーで加熱」することにした。でも、色が赤や黄色を越えて白くなっているから温度を上げすぎているような気がしてならない。本当にこんなのでいいのか?
さて、この固溶化熱処理?を施した第3ロットの熱処理条件は、
均一化処理885℃/24時間・空冷+時効処理704℃/20時間・空冷
これなら900℃までの電気炉でも問題ないだろう。あと、熱処理は休日に行うことにした。そうすれば炉冷なんてヘマをすることもないだろう。さすがに同じ失敗を3回も繰り返すほどアタマは悪くないし。そして丸2日掛けての第3ロットなのだが、
くそー、これも弾力ないやんけー!
なかなか思うようにはいかない「超合金エックス」であった。しかし、実験結果は残す必要がある。たとえ失敗だったとしてもだ。なので、強力なゲストを呼ぼうではないか・・・
・・・・・・
「ちゃんと見てくれよ、ブッ壊れる前の目盛り読むんやで」
「うんっ、わかったよっ♪」
「うりゃっ!」
・・・・・・
「今、何キロくらい?」
「そうだねっ、70キロくらいかなっ」
「もうちょっとしたら壊れるからな」
「うんっ」
・・・・・・
バキッ!
「きゃっ!」
「どれくらいやった?」
「・・・すっごい音がするんだねっ、ビックリしちゃったよっ♪」
「いや、『きゃっ!』とか、そんなんじゃなくって、目盛り・・・」
「だって、そんなの、すっごく怖かったんだもんっ、目盛りなんて見れないよ〜っ」
「・・・」
・・・・・・
確かに「音符」は別の意味で強力なゲストなのは間違いない。しかし、これではお話しにならないから本当のゲストを紹介する。
色が赤いやんけ・・・
「超合金エックス」の結果が思わしくなさそうだったので「BC兵器」を登場させることにした。軍事における「BC兵器」は「バイオロジカル・ケミカル・ウエポン」、すなわち「生物化学兵器」などという物騒な意味だが、ファイナルダムンにおける「BC兵器」、それは言わなくてもわかると思う。これなら「音符」ではなく本当の意味で強力だ。とにかく線径1.0mmの「BC兵器」でもクロスロックスナップを作成、そして熱処理温度については標準温度の315℃とアンダーエージングの260℃の2通りを施してみた。
これは熱処理前だね
そしてもう一つ補足がある。常温で曲げ加工を施した部材の場合、曲げにより発生したストレスが部材内部に蓄積されており、そのストレスが部材の強度に影響を及ぼすようである。このストレスを機械用語では「残留応力」と称しているのだが、それがどんな影響を及ぼすのか、それは・・・
曲げ加工と同一方向、更に曲げる向きに力を加えた場合には強度は増すが、逆方向に力を加えた場合は強度が低下する
この現象を「バウシンガー効果」と呼ぶらしい。前回のハワイアンフック、そして今回のクロスロックも曲げ加工の方向と実際の荷重の向きは逆方向、伸ばす方向になるのでバウシンガー効果によって強度が低下しているのだろうか?ちょっと気になる。だが、残留応力を除去する方法もあるようで、
1.は「2段曲げ」と呼ばれており、順方向と逆方向、それぞれの残留応力でお互いを打ち消し合う、と考えればいいのだろう。2.は「低温焼き鈍し」または「応力除去焼き鈍し」と呼ばれる手法で、コイルスプリングはこちらが用いられているようだ。簡単なのはもちろん2段曲げだが、クロスロックのフックさせる部分は曲げ半径が小さいから、これをやると加工硬化で折れてしまうことも考えられる。従って今回は低温焼き鈍しを「する・しない」で比較してみる。ただ、「超合金エックス」の低温焼き鈍し温度は不明なので実施せずに、「BC兵器」のみを実施している。この辺りに、もういい加減どうでもいい、といった雰囲気が垣間見えるかも知れない。また、どちらも曲げ加工後に熱処理しているのだから低温焼き鈍しをしなくても問題ないとも言えるが、「BC兵器」の曲げ材の場合は所定の熱処理でも歪みによる残留応力が発生するらしい。この辺り、管理人はばね屋さんではないのでノウハウが全くなく、データ取りの意味で想定される事象を一つ一つツブしていく感じだろう。
赤丸のフック部を過度に曲げて再度伸ばすのは難しいけど、それ以外の部分は2段曲げをしておいた
ちなみに「BC兵器」の応力除去焼き鈍しは150〜200℃で2時間程度だそうな
これで全てが揃ったのでいよいよ強度実験だ。実験方法は前回と同様「背筋力計改」で引張荷重を加えて破壊させて、測定器の目盛りをデジカメの動画撮影機能を用いて記録、破壊する前のコマの荷重を破壊荷重として集計、複数個について測定し、平均強度を算出した。
それでは結果を報告する。「超合金エックス」の想定外の低強度に要注目?
市販ステンレス |
超合金エックス 第1ロット |
超合金エックス 第2ロット |
超合金エックス 第3ロット |
BC兵器 標準処理 |
BC兵器 アンダーエージング |
BC兵器 標準処理+焼鈍 |
BC兵器 アンダーエージング+焼鈍 |
84 |
82 |
93 |
95 |
38 |
58 |
42 |
62 |
91 |
90 |
105 |
98 |
38 |
55 |
34 |
62 |
78 |
74 |
98 |
88 |
52 |
65 |
||
83 |
84 |
102 |
58 |
||||
84 |
83 |
99 |
96 |
38 |
55 |
38 |
62 |
さて、どうだろうか?弾力のなさから市販品とほぼ同等レベル、と予想していたのだが、第2及び第3ロットについては市販品を越える破壊強度が何とか確保できたようだ。それに対して「BC兵器」はかなり低い破壊強度である。やはり、クロスロックのような形状だと伸びの低さが災いしている、そう感じずにはいられない。クロスロックの場合、フック部が交差して絡み合う状態になるため、伸びがある材質だと永久変形しつつも耐えてくれるのだろう。
それでは気付点、まずは「超合金エックス」から
つづいて「BC兵器」だ
そしてステンレス製市販品
最後は総評だ
色々と手間ヒマ掛けて実施した今回の「超合金エックス」編だが、結果としては失敗に終わってしまった。管理人的にはスペックから考えても「市販ステンレス製の5割り増し!」などといった結果を想定していたのだが・・・。今回の結果を生かすべく、次回はハワイアンフックの作成に戻ることにする。題して、
無敵の力は僕らのために!誰でもできる?熱処理しない強力ハワイアンフック作成編だ!!(2008/2/6更新)
おまけ
さて、予想外の体たらくぶりに終わってしまった「超合金エックス」だけど、本編中では結局どんな金属材料なのか明確にしなかったよね。「結果が失敗やったら公開せんのは卑怯やぞ!!」なんてお言葉も頂戴しそう?でも、管理人的には結果の如何に関わらず本編中では謎の「超合金」で終わらすつもりだったから、これはこれで予定通りなのだ。ベリ銅ですら「BC兵器」だから。じゃぁ、なんで?それはね、
マジで言うてもわからんに決まってる!
こんな理由だったりする。金属関係のお仕事している人だと理解できるけど、そして、そんな人だと、
おまえはアホか!何でそんなん使うねん、もったいないやんけ!!
って感じるのと違うかなぁ?実のところウチも見たことないから使ってみたかった、ってのがホンネで、「単なる金属材料フェチ」なだけだから。一応、材料メーカー発行のPDFをアップしておくから、興味がある人だけでも目を通してね。実はこのあと「超合金エックス」に続く謎の金属「合金エイチ」なんてのも画策している管理人だったりする・・・
あと、「超合金エックス」の名誉のために追記しておくけど、本当はもっともっと優秀な金属材料で、環境にもよるけどチタン合金なんか屁みたいなものだから。その優秀さを生かし切れない管理人に問題があるだけやぞ!